Research News

2015年4月21日

私たちの研究成果が教科書 “Molecular Biology of THE CELL”を書き換える


生物学を学ぶ学生、大学院生にとって世界的に使われている標準的とも言える教科書、Molecular Biology of THE CELLが今年2015年になり改訂されました(第6版)。そこでは私たちの研究成果(2010年のNCBのもの。このホームページPublication78の論文)とその後の評価を受けて、私たちの主張がこれまでの図を書き換え、また新たな図として掲載されています。別のことでたまたま新しい教科書を見ていて気がつきました。

カドヘリン・カテニン複合体とアクチン細胞骨格との結合についての理解の変遷

この教科書の第3版から最新の第6版までについてカドヘリン・カテニン複合体とアクチン繊維との結合についての理解について解説します。1994年の第3版では、それまでにカドヘリン・カテニン複合体が細胞間の接着機能に必須であることがわかり、さらにアクチン細胞骨格との連結も重要だと考えられていましたが、実際の結合タンパクは未知であったので、Xというタンパクを仮定してそれがカドヘリン・カテニン複合体とアクチン繊維とを繋いでいるという想像図を載せています(Fig. 1)2002年の第4版ではαカテニンが直接にアクチン繊維と結合している様子が描かれています(Fig. 2)。これは1995年に生化学的にアクチン繊維とαカテニンとの結合が報告されたためです。カドヘリンがダイマーとして描かれていますが、これもその後には認められなくなっています。2008年の第5版ではまた大きな変化があります(Fig. 3)。一度カドヘリン・カテニン複合体とアクチン繊維とを連結するのがαカテニンであるとされていたのに、それが削除され、何らかの別のタンパクがその役を担っているという図になっています。これは2005年にスタンフォード大のネルソンらが、Cellに2報続けて論文を発表し、そこで生化学的にはカドヘリン・カテニン複合体中のαカテニンはアクチン繊維と結合することが検出できないから、細胞内でも重要な連結タンパクとして働いていることはないと主張したためです。非常に重きをおかれている研究者なのでこれがすぐに通ってしまって教科書も書き換えられました。

そして2015年の第6版です(Fig. 4)。αカテニンが復活し、アクチン繊維とカドヘリン・カテニン複合体のなかでアクチン繊維との結合を担っています。さらにαカテニンとビンキュリンとの結合、ビンキュリンとアクチン繊維の結合も加わっています。これは私たちの78の論文(2010)において、接着機能を発揮しているカドヘリン・カテニン複合体中のαカテニンはアクチン繊維により張力を受け、何らかの変形をしてビンキュリンと結合するということが示されたためです。その結果はカドヘリン・カテニン複合体中のαカテニンがアクチン繊維と連結していないと説明ができず、また細胞間の接着装置アドへレンスジャンクション(AJ)の形成の機構も、アクチン繊維や張力の重要性も説明するものだったため、大きな衝撃を持って迎えられ、その後もそれを支持する結果が世界中から報告されてきているためです。ネルソンたちもすでにこの考えに従って、この路線を推進しています。


       


αカテニンの張力感受性が図となる

さらに私たちの最も大きな主張、αカテニンの張力感受性が一つの図になりました(Fig. 5)。これはαカテニンが一方では隣の細胞からカドヘリンによる結合を介して引っ張られ、もう一方は細胞内のアクトミオシンの収縮力によってアクチン繊維とαカテニンとの結合を介して引っ張られると、αカテニンは構造変化を起こしてビンキュリンと結合するようになるということです。ビンキュリンはアクチン結合タンパクなので、AJに力が強くかかるときはアクチン繊維が多く結合するようになって強い力に対抗できる、耐えられるようになる、というように適応し、力がかからないときは結合するアクチン繊維の数が減り、むしろ簡単に接着が外れるように適応する可能性を示唆しているものです。

この教科書はこのように最新の報告の影響を受けてすぐに取り入れるので、数年後はさらにインパクトのある報告に取って代わられるかもしれませんが、基礎研究をするものとして、自分の成果が世界中で使われる教科書を書き換え、多くの生物学を志す学生がそれを学ぶというのは研究者冥利に尽きると言えます。誰もが知っている有名な賞をとるとか、多額の研究費を獲得して大きな研究室を運営するというのも単純に羨ましいですが、それができなくても地道に突き抜けたことをやっていると知らないうちに教科書に成果が載っていたりするのは心楽しいものです。残念ながら、私の論文の直接の引用はなく、私の論文を大きく扱った2報の総説が引用されています。このあたり、直接教科書の編集者等を知っていると多少違ったのかもしれませんが、私としては満足です。もう一つくらいは教科書に取り上げられる成果を出したいですね。