アリジゴク と その巣
12-2, 1981 米村 重信
〇 Introduction
アリジゴクがウスバカゲロウの幼虫であることは、よく知られている。彼らが乾いた地面にすりばち状の巣を作って、落ちてくる虫を捕えることも有名である。しかし、あまり飼育されないためか、その行動については餌をとるときに、土をはね上げる程度の事しか一般には知られていない。そこで、アリジゴクとその巣について、まず飼育してから観察をし、簡単ないくつかの実験を行ってみることにした。
〇 Materials and Methods
materialsとして、東京大学本郷構内のアリジゴクを使った。1981年9月29日から10月28日にかけて、弓道場周辺、三四郎池の西の斜面の木の根元、三四郎池の北斜面の柵の下の3か所からほぼ同数、合計29匹採集した。大きい個体から小さい個体まで、なるべく均等になるようにした。採集した順にそれぞれ番号をつけた。以下の5点について観察、実験を行った。 ・サイズの測定 体長と体重について測定をした。体長はFig.1に示した部分 を測定した。 ・巣の掘り方の観察 ・巣の掘り方の観察 ・それぞれについて巣の大きさを測定 巣を楕円形とみなし、長軸と短軸をFig.2に従って測定し、斜線部の面積を算出し、巣の面積とした。 ・餌のとり方の観察 アリ、ダンゴムシ、ハカミムシを餌にした。それらを巣に落としてアリジゴクの行動をみる。ピンセットで巣の斜面を細かくつついてみる。 |
・巣の中に障害物を入れたときのアリジゴクの行動の変化 〇 Results |
アリジゴクがどのようにしてらせんを描き、すりばち型の巣を作るかは明らかではないが、剛毛の密にはえた胴部、足で土の圧力を感じながら順序よく土をはねとばしているのであろう。 ・餌のとり方 巣の中心まで落ちた餌(アリ、ダンゴムシ等)は直接あごにはさまれることもあるが、そのときは反応しないアリジゴクもいる。 |
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Fig.4 アリジゴクの足のつき方 青線は胴体を透かして足をみたとき | そのようなアリジゴクも巣の斜面をはい登ろうとしている餌に対しては土をはねとばす。 |
しかし餌のいる場所ばかりでなく、いろんな方向にとばす。餌の居場所を正確にとらえ、そこに正確に土をとばすという機構はないと考えられる。なかなか餌が落ちてこないときには、よく巣の中心から180°回転移動して再び土をはねとばすことがある。これにより不正確さを補っているのであろう。落ちた餌はあごではさみ、しばしばはさんだまま頭部を何度もそり返らせる。餌を一度離してまたはさむこともある。そののち自らさらに深くもぐり餌は土にうもれる。餌がダンゴムシのように大きい場合は、餌が土にうもれることはない。体液を吸うのには、小型のアリなどでは数十分以内、大型のダンゴムシなどでは数時間かかる。吸い終わった餌は巣の外へはねとばす。ピンセットで巣の斜面をアリがはい登るように、少しずつくずすとアリジゴクはしきりに土をはねとばすことがある。アリジゴクが最もよく反応する餌は活発に動くクロヤマアリである。以上のことからアリジゴクは、土の粒の振動(移動も含めて)を感じてエサをとる行動、すなわちしきりに土をはねとばし落ちてきたものをくわえる行動をとるようである。
・
アリ ジゴク |
体長(㎝) |
体重(㎎) |
巣の面積(π㎠) |
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1 |
1.30 |
91 |
9.21 |
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4 |
1.25 |
103 |
8.1 |
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5 |
1.23 |
63 |
8.27 |
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6 |
1.35 |
88 |
7.15 |
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7 |
1.15 |
35 |
10.88 |
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測定日 |
11/5 |
11/6 |
11/7 |
11/9 |
11/10 |
11/11 |
11/14 |
11/15 |
11/16 |
平均 |
2 |
0.75 |
8 |
2.40 |
3.51 |
3.80 |
3.06 |
5.06 |
4.20 |
5.11 |
4.20 |
- |
3.92 |
3 |
1.20 |
66 |
4.54 |
4.45 |
4.00 |
4.50 |
4.90 |
4.70 |
4.62 |
6.25 |
6.63 |
4.95 |
8 |
0.75 |
16 |
2.31 |
2.29 |
- |
- |
- |
- |
1.00 |
0.81 |
3.09 |
1.90 |
12 |
0.40 |
2 |
0.16 |
- |
0.72 |
0.56 |
0.76 |
0.53 |
0.60 |
0.60 |
0.70 |
0.58 |
17 |
1.25 |
92 |
- |
- |
- |
3.06 |
3.06 |
2.89 |
2.70 |
- |
- |
2.93 |
19 |
1.20 |
80 |
4.62 |
3.56 |
3.52 |
3.90 |
4.73 |
*4.73 |
- |
- |
- |
4.17 |
20 |
0.80 |
28 |
2.89 |
3.90 |
3.52 |
3.52 |
3.80 |
4.00 |
3.52 |
3.06 |
2.82 |
3.45 |
21 |
0.55 |
9 |
1.43 |
1.38 |
1.21 |
1.32 |
1.26 |
1.32 |
1.27 |
1.45 |
- |
1.33 |
22 |
1.00 |
47 |
1.89 |
2.10 |
2.10 |
2.10 |
2.31 |
2.32 |
2.13 |
3.68 |
4.20 |
2.54 |
23 |
1.00 |
31 |
4.14 |
4.43 |
5.13 |
5.04 |
5.51 |
6.72 |
5.82 |
5.29 |
5.88 |
5.33 |
24 |
0.77 |
17 |
1.56 |
2.06 |
2.32 |
2.38 |
2.64 |
1.96 |
2.72 |
3.06 |
3.15 |
2.43 |
25 |
0.73 |
11 |
1.44 |
1.52 |
1.52 |
1.96 |
1.96 |
2.10 |
3.06 |
2.92 |
3.05 |
2.17 |
26 |
1.05 |
40 |
4.00 |
4.39 |
3.60 |
5.18 |
5.27 |
4.49 |
5.13 |
5.76 |
6.76 |
4.89 |
27 |
1.02 |
42 |
4.25 |
6.50 |
6.36 |
7.82 |
7.84 |
7.56 |
8.41 |
7.99 |
10.04 |
7.42 |
28 |
1.00 |
33 |
2.97 |
4.25 |
4.41 |
4.50 |
6.00 |
5.52 |
6.00 |
6.76 |
7.09 |
5.28 |
29 |
1.00 |
37 |
7.29 |
7.67 |
7.01 |
6.37 |
8.39 |
7.70 |
9.78 |
11.56 |
11.24 |
8.62 |
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-は巣をつくっていないことを表す。巣をつくってない日は平均にはいれない。 |
*-この日にハサミムシを食べさせたところ巣を作らなくなった。体重を測定すると50㎎も増加し、130㎎となっていた。
体重と巣の面積の相関係数は0.53であまり大きくない。しかし、35㎎未満の個体のみについて巣の面積との相関係数を求めれば0.8となりかなり強い正の相関があるといえる。(Fig.5)一方、体長と巣の面積との相関は相関係数は0.72である程度強い正の相関があるといえる。体長はそのアリジゴクが何令にあるかを推定するのにある程度役立つであろう。実際Fig.6をみると0.4㎝~0.6㎝、0.7㎝~0.8㎝、1㎝前後、1.2㎝~1.3㎝の4つの群に分かれていることがわかる。これはアリジゴクの0令~3令の成長段階に対応していると思われる。巣の面積が成長段階に関わっているとすれば、体重との相関のほうが弱いのは、体重は摂食後は急激に増加し、また絶食すると減少すると思われるからである。しかし、この程度の相関では巣の面積は個体のサイズ以外の要素にも大きく関わると思うべきだろう。
巣の面積は毎日少しずつ変化する。やや大きくなるものが多いがほぼ一定で、少し変動するものもいる。
・巣の中に障害物を入れたときのアリジゴクの行動の変化
反応時間は千差万別で数分以内に反応するものから数日たっても反応しないものまであり、早々に記録を断念した。それでも大抵のものは一日以内に反応した。前もって餌を斜面におき、アリジゴクが気づいて土をかけ始めたらその餌を除き、その後障害物を落とすと反応時間が短くなるようであった。同じ個体でも反応時間は長かったり、短かかったりするのでどうも「気分」のようなものがあるように思える。餌の存在を知ると「元気」が出るようだ。
巣においた障害物に対するアリジゴクの行動は次のように分けられる。
① 障害物を巣の底におくと、どの個体も餌の吸い殻を巣の外に放り出すときと、同様に頭部をその障害物の下にさしこみ、勢いよくそり返らせる。この動作は巣を掘るときにも主として使われる。ここでこの動作を「はね上げ」と呼ぶことにする。
② 胴の尾側の先端に障害物をあてて、後進しながら斜面を登り、障害物を巣の外まで押し上げ、自分も巣の外まで少し出て、Uターンして巣にもどり、らせんを描きつつ巣の補修をすることがある。(Fig.7)これを「押し上げ」行動と呼ぶことにする。
③ 土から出たものの押し上げ行動が完成されず、はね上げをしたり、らせんを描きつつ巣の補修をしたりするうちに「はね上げ」で障害物が巣の外に出たり、アリジゴクが障害物から少し離れたところを中心に巣を掘り直すことがある。(Fig.8)
④ 巣を放棄する場合がある。
なお障害物をのけようとするしぐさは障害物が巣の底の中心にあるとき行われ、障害物がそこになければそのしぐさはおこらない。巣の中心から障害物が0.4㎝でも離れていればよいのである。ただし球形にしたパラフィンであるから斜面から転がりやすい。たまたま斜面に半分うもれた状態になったときのみ斜面にとどまるのである。
Table2 障害物を移動させた距離(㎝) アリジゴクの番号の次は(体長、体重)
□: アリジゴクが土から出た場合
〇: 押し上げ行動を行った場合
家出(○囲み): アリジゴクが巣を放棄した場合
Fig.7 「押し上げ」行動
アリジゴクはただちに巣の補修を行う。その結果このような巣ができる。 | |
Fig. 8 障害物が斜面に停止した場合 |
押し上げ行動についての観察
例1アリジゴク
12 障害物 30㎎ 押し上げ行動の途中、障害物が背中をこえて巣の底に落ちる。アリジゴクはおしりで探るようなそぶりをみせた後、向きを変えて時計回りで巣の底までおりる。障害物におしりがあたるとまた押し始める。障害物は再度背中から落ちる。今度はアリジゴクはそのまま後進し、巣の外に出て、しばらくさらに進んだところで止まり、Uターンをして巣の底にもどる。
(Fig.9)再度押し上げ行動に移り、これは成功した。
障害物が落ちてもそのまま押し上げ行動を続けた場合(押し上げ行動を続けない場合も上述のとおりある。)
例2
例3
例4
Fig.10 押し上げ行動の途中、障害物をとりのぞく場合
例5
Fig.11 押し上げ行動を途中から観察したと思われる行動
Fig.12 障害物が落ちて押し上げ行動を続けなくなった場合
例7
例8
・障害物に対するアリジゴクの行動の変化
どんな障害物に対してもアリジゴクは①でとりのぞこうとする。①が何度も失敗したときは、②によって障害物をのけようとする。しかし、②が成功するのは斜面の傾斜、障害物の形、大きさ、胴の先の部分と接触の具合が良好なときに限る。特に巣が大きい場合は斜面が長いため②は失敗しやすい。
Fig.13 巣の大小と斜面
巣が小さいときは、アリジゴクにとって斜面は短く、しかも障害物は斜線の部分をけずりとり、傾斜はゆるやかになる。一方巣が大きいときはアリジゴクにとって斜面は長く、障害物が土をけずることによってゆるやかにはならない。
押し上げ行動はある程度斜面を押し上げたときに、はじめてスイッチの入る行動だろう。(Fig.8,9,10,11,12)押し上げ行動の途中、障害物が巣の中に落ちた場合、アリジゴクはらせんを描きつつおりてゆき、再び障害物に出会う。そこで再び①、それがだめなら②ということが繰り返されるのである。これがすなわち③である。①,②,③が失敗したとき④となるのではないだろうか。
押し上げ行動をはじまらせるのは、単に重い障害物というより、何度「はね上げ」やっても落ちてくる手の負えない障害物であろうと推測される。それは重くても、小石のように斜面にのっかりやすいものは「はね上げ」でのけ、軽くても発砲スチロールのように大きくて投げにくく、しかも斜面から落ちやすいものは押し上げ行動でのけているからである。しかし、何が押し上げ行動をはじまらせるかということについては、また憶測の域を出ていない。正確な実験データが数多く必要である。
○Discussion
北隆館の図鑑には、後足もよく見えるアリジゴクの上から見た図が載っているが、生きているアリジゴクの自然な姿はふさわしくないということがここで観察によって分かった。また従来、巣に落ちた餌に砂をかけて底に落としてあごではさむというような表現がされていたように思うが、餌をねらって砂をかけるようではないということもわかった。
これらの観察・実験はすべて飼育下のものについてであったが、特に巣を掘りはじめる時間、巣の大きさ、巣の場所等については野外観察をすることが有意義と思われる。野外で巣を作っていたものが、飼育しようとすると巣を作らなかったりするということは、明らかに野外と飼育下では何か条件が違っているということだから。
これらの観察・実験はあくまで問題提起のための予備実験のようなものなので、はっきりしたことを言うためにはもっと正確、適格なデータを数多くとらねばならない。
〇Summary
アリジゴクはそれぞれ役割を持った3対の足でらせんを描きつつ後進し、頭部に土をのせ、勢いよくそりかえらせることにより土をはねとばし、すりばち状の巣を掘る。餌は振動によって存在を知り、あごを開いて待っているがなかなか落ちない場合は勢いよく土をはね上げる。ただし、餌の方向に常に土をとばすわけではない。アリジゴクのサイズと巣の大きさとの間にはある程度正の相関がある。巣の障害物をおいたとき、反応時間は様々だが、「はね上げ」、押し上げ行動等の4つの対処の型がある。このうち押し合げ行動は遺伝的にプログラムされた一連の行動らしく、途中で障害物をとりのぞいても最後まで行動を行うことが多い。押し上げ行動は「はね上げ」では手に負えない障害物に対してみられるようであるが証拠はまだ十分ではない。