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更新日 2019年10月1日

米 村 研 究 室


透過型電子顕微鏡で生物試料の切片を観察しましょう。
                 透過型電子顕微鏡関連技術

薄切技術

 固定、包埋までは時間がかかりますが単純作業で、特別な技術、経験を必要とするほどではありません。しかし、その後の試料のスライスを作る、薄切の技術は電顕像の質にも直接関わり、高価な装置を扱うという点からも、電顕技術の一つの要とされてきています。試料を切るためのナイフと、試料を100 nm以下の厚さで正確に送り出すミクロトームという機械を使います。生体の臓器の一部や、胚などを切る場合、最終的にどこが見たいのかをしっかり決めて、見るべき場所以外を削り落とします。トリミングという作業です。こういうことが必要なのは、電顕の鏡筒内に入れられる試料の大きさには限界があることによります。2 mm角程度は一応可能だと思いますが、実際にはナイフの負担を減らすためにも1 mm角よりもずっと小さくするのが普通です。いずれにせよ、光学顕微鏡レベルの切片と比べると切片の大きさはかなり小さいので、電子顕微鏡で全体を見てやろうとするのには無理があります。なるべく多くの観察例から共通する点を述べたい場合、光学顕微鏡レベルでできるものがあればできるだけその段階で調べた方がより信頼性が高い結果が得られることになります。さて、臓器や胚等はまず、試料全体を0.5 ミクロン程の厚みの切片にし、トルイジンブルーなどの染色液で染めて、光学顕微鏡レベルで何が切れているのかを観察します。見たい部分がまだ見えないとか、角度が気に入らなかったりすれば、さらに切り進んだり、切削の角度を変えたりします。どこをどの角度で見ても大差ないような組織ならよいのですが、胚の中で一つないしは二つしかない細胞を見たい等という場合はかなり時間をかけなければならなくなることがあります。光学顕微鏡レベルで見たい位置に達したならば、先に述べたトリミングを行って、観察可能な部分以外を削り落とします。樹脂の不要な部分を切り落とすトリミングは、通常カミソリの刃を使って手作業で行います。試料を適当な深さまで切削したり、光学顕微鏡レベルの切片を得るためにはガラスナイフを用いるのが普通です。このガラスナイフはナイフメーカーという装置でガラス板を割ることによって作製します。ガラスですので1個あたりは安価ですが、刃先は鈍りやすいものです。荒削りや、光学顕微鏡レベルの切片のチェックに使われますが、電子顕微鏡で観察する切片の作製に使用されることは現在ではまれです。さらに0.5ミクロンの光学顕微鏡用の切片も数ミクロンの厚みのパラフィン切片と比較すると細胞の重なりもなく、微細な部分の情報が得られることから、よりきれいな切片を連続して得るために専用のダイヤモンドナイフが製品化されており、私たちは重宝しております。電顕技術のサポートの仕事を数年間経験してきて私たちは、この電顕レベルの切片を作製する前の光学顕微鏡レベルの切片の染色像から得られる情報がとても重要であることに気がつきました。初めての試料を扱う場合等特に、試料のどこを切っているのか、光学顕微鏡レベルで記録しておくことは、電顕レベルの切片の切削位置の正しさを保証するばかりでなく、別個体で正確に同じ場所を切るための、参照すべきデータとして非常に有用です。比較的安価なCCDカメラが顕微鏡に付けられるようになってきたため、手軽に光学顕微鏡レベルの切片像を記録できるようになりました。ネガフィルムに撮影し、現像、焼き付けをする手間を考えると、毎回光学顕微鏡レベルの切片像を記録することは現実的ではなかったのですが、CCDカメラによって簡単に実現できるようになりました。デジタル情報になると電子メールの添付書類として簡単に送ることができるので、切削位置の確認等がより正確に、迅速にできるようになりました。

 さて、このようにまず電子顕微鏡で見るべき部分を決定する過程があり、それにかなり時間がかかる場合があるわけです。ですから、この段階を素早く正確にできるかどうか、また単調な仕事になりがちなところ、うまく精神をコントロールして集中を続けていけるかというあたりが重要で、当研究室のテクニカルスタッフはプロとしてかなりのレベルに達しています。もっとも、研究者が自分の興味のあるテーマについて電子顕微鏡で解析したいという場合は、それほど特別な能力、適性が必要であるとは思っていません。例えば、実体顕微鏡下で個体を扱ってきている研究者なら、ほとんど違和感なく薄切の技術を短時間で身に付けてしまいます。外科のお医者さんはさらに適性もあるのか、非常に意欲的に取り込んで自分のものにしてしまいます。

 光学顕微鏡レベルで電顕での観察すべき場所を決定したら、カミソリできれいにトリミングを行います。そして、今度は電顕レベルの切片の作製にかかります。電顕レベルの切片にはダイヤモンドナイフを用います。ガラスナイフと比較すると高価ですから、不注意な取り扱い方でナイフを欠けさせたり、切れ味を悪くさせたりしてはいけません。ミクロトームに取り付けている状態でダイヤモンドナイフに対して悪影響を与える行いは、ナイフの刃に樹脂以外のものを当ててしまうというようなことのほか、非常に分厚い切片を切ろうとしてしまうということがあります。薄い切片ならダイヤモンドナイフのように固い刃先を持っていればいくらでも再現よく切ることができます。しかし、当然ある程度以上厚くなると切れなくなり、鋭利なエッジに強い力が加わって、どうも刃こぼれなどが起きるようです。全く切れなくなるということにならないまでも、切れ味が悪くなり、よく切れる部分との差が出て切片に筋がついてしまったりします。それがひどくなると試料を切ることができなくなり、切片がナイフのその箇所から二つに分かれてしまうことが起こります。また、骨のようにそのままでは切れない硬い物質も刃こぼれの原因となります。このようなことから、分厚い切片を誤って切らないように、ナイフと試料との距離が正確に判断できる(これは距離を判断する装置があるわけでなく、実体顕微鏡を覗き、ナイフの刃先と試料との間からどの程度光が漏れてくるか等を見て判断するしかない)だけの技術を得ることが第一となります。もっとも、ちょっと慣れればそれほどたいしたことではないというのが、今まで何十人にも切片の作り方を教えてきての結論です。ただ、ミスなくそして迅速に切片作製ができるというのは作業能率に関係してきます。研究者にとっては電顕の解析を行うことがそれほどの労力、時間を要しないと思えれば、積極的にどんどん電顕での解析を取り入れていくことができますし、技官として電顕解析を行う人もより多くのサンプルを扱うことができるようになります。ダイヤモンドナイフは水をたたえるダムのようなもので、ダイヤモンドナイフの刃はダムの壁の一辺に刃が上を向くように取り付けられています。試料は上から刃に向かって振り下ろされます。実際に水を張った状態で切削をするので、切片は出来上がると同時にダムの水面に浮かびます。電顕の場合、切片の厚さは切片が水に浮かんでいるときのその干渉色で判断します。虹色のどれかがついていれば厚すぎです。電顕用には金色と銀色の中間あたりの色が一般的です。だいたい、70 nm 程度の厚さということになります。それより厚いと構造の重なりが高倍率での観察の妨げとなりますが、低倍率ではコントラストが強くて見やすくなります。もっと薄いと高倍率のみに適して、低倍率ではコントラストの低い像しか得られなくなります。厚め薄めの切片も一緒に切っておくのが便利です。固定や脱水がうまく行っていないため、樹脂が試料の内部で均一に硬化していない場合等は切削自体がうまくいかず均一な切片が得られないことがあります。観察したい場所が影響をあまり受けていなければ構いませんが、大きな支障となっている場合は、固定から包埋までのステップを見直します。

 切片はグリッドと呼ばれる、メッシュ状に穴の空いた薄い金属板上にはりつける形で回収します。穴の空いた部分にかかった切片について観察することができます。観察前には電子染色を行います。通常、酢酸ウランとクエン酸鉛という重金属を用いて試料に沈着させ、電子との相互作用の強い部分を作ることで、構造のコントラストを上げようという狙いで行います。実際にこの電子染色を行わないとコントラストはかなり低く、像の観察や記録はうまくできません。

 電顕の世界ではこの電子染色に使われるウランは非常に有用なのですが、特に最近、核爆弾の製造原料になりうることからの使用の規制が強まり、それまで使用可能だった施設でも使用できなくなると言われています。当研究室ではRI管理区域でウランを使用しているので、入退室が面倒ではありますが、影響はないようです。

 

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